東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6490号 判決 1960年1月23日
東京都足立区南宮城町二九番地
原告
高田久子
右訴訟代理人弁護士
岡田実五郎
佐々木
(登記簿上)東東都中央区京橋二丁目一一番地二
(送達場所)同都江戸川区東小松川三丁目二、五一五番地
被告
株式会社鋲定製作所
右代表者代表取締役
金枝新次
東京都北区上中里一丁目一二番地
被告
金枝新次
右両名訴訟代理人弁護士
原長一
主文
被告金枝新次は原告に対し金一五万円とこれに対する昭和三三年八月二三日から右支払済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。原告の被告株式会社鋲定製作所に対する請求を棄却する。
訴訟費用中、原告と被告金枝新次との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告株式会社鋲定製作所との間に生じた分は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告等は各自原告に対し金一五万円とこれに対する昭和三三年八月二三日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする」旨の判決と仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
(一) 原告は昭和三二年九月一七日頃訴外伊東ふみを通じて被告株式会社鋲定製作所(以下被告会社という)に対して、訴外平和塗料株式会社(昭和三二年五月一五日商号を富士興業株式会社と変更)振出にかかる被告会社宛金額一五六、〇〇〇円満期昭和三二年一〇月一七日の約束手形を被告会社より担保の趣旨で裏書譲渡を受けた上、金一五万円を弁済期を昭和三二年一〇月一七日と定めなく貸与した。
(二) 被告金枝新次は何れも肩書住所として東京都世田谷区北沢五丁目六〇〇番地と記載した日螢工業株式会社の専務取締役という資格名義で原告に宛て昭和三二年一〇月一四日振出、振出地支払地何れも東京都世田谷区、支払場所右会社なる(イ)金額三万円、満期昭和三二年一一月一五日、(ロ)金額五万円、満期同年同月三〇日、(ハ)金額七万円、満期同年一二月一五日とする約束手形三通を振出し、原告は現に右各手形の所持人であるところ、東京都世田谷区北沢五丁目六〇〇番地を本店所在地とする日螢工業株式会社なるものは存在しないから、手形法第八条の規定に基き右手形の事実上の振出人である被告金枝新次は原告に対し右手形金合計一五万円及び右金員に対する満期後の利息金を支払うべき義務がある。
仮に日螢工業株式会社が東京都千代田区神田神保町一丁目三九番地を本店所在地として東京法務局日本橋出張所に登記されている会社で右登記後東京都世田谷区五丁目六〇〇番地に本店を移転したものであるとしても右本店の移転につき登記が経由されていないのであるから被告金枝は商法第一二条の規定によつて右移転の事実を知らない(善意)第三者である原告に対して右移転の事実を主張することはできない。
換言すれば前記東京都千代田区神田神保町一丁目三九番地に本店を有する日螢工業株式会社と手形面に肩書住所として表示された同名の会社と同一であることは主張することはできないものといわざるをえない。
(三) よつて原告は被告会社に対し(一)の貸金一五万円とこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和三三年八月二三日から右完済に至るまで商事法定利率たる年六分の損害金の支払を、被告金枝に対し(2)の手形金合計一五万円とこれに対する右同日から完済までの手形法所定の年六分の利息金の支払を求める。
と述べ
被告等訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告主張の(一)の事実は否認する。被告会社は原告主張の手形を訴外株式会社伊東製作所に、訴外日螢工業株式会社が右伊東製作所に対する買掛金債務の一部の支払のために白地裏書にて譲渡したことがあるが原告に対し譲渡したものではなく、原告からは何ら金銭の交付を受けていない。
同(二)の事実のうち被告金枝が原告主張の資格で原告主張の手形三通を原告に振出したことは認める。
その余の原告主張事実は否認する。日螢工業株式会社は東京都千代田区神田神保町一丁目三九番地を本店所在地として登記されている実在の会社であり、右各手形振出当時は事実上本店を肩書住所として手形面に記載した東京都世田谷区北沢五丁目六〇〇番地に移転し事業活動を営んでいたがその移転登記を経由していないだけでその実在する会社であることは明白な事実である。しかも約束手形の振出人の肩書地の記載は必要的記載事項ではなく、右会社の商業登記簿上の本店所在地が何処にあるかは当時現に事業活動をしていた「世田谷区北沢五丁目六〇〇番地」の同会社に照会すれば容易に判明するところである。
而して被告金枝は実在する日螢工業株式会社のために前記各手形を振出したものであるから、個人として手形上の債務を負わねばならぬ理由はないと述べた。
(証拠関係) 省略
理由
一、原告の(一)の請求(貸金請求)について、
成立に争のない甲第一号証に証人伊東ふみ、同高田操の各証言原告本人の供述によると、原告は昭和三二年九月中旬頃知人の訴外株式会社伊東製作所代表取締役伊東ふみから頼まれて、訴外平和塗料株式会社振出にかかる金額一五六、〇〇〇円満期昭和三二年一〇月一七日、受取人被告会社、被告会社の白地裏書のある約束手形一通(甲第一号証)の交付を受け金一五万円を右伊東ふみに交付したこと。右手形は原告において白地裏書により訴外日興信用組合尾久支店に譲渡され同組合において満期日に支払場所たる株式会社常盤相互銀行千住支店に支払のために呈示されたが支払を拒絶され、原告が返戻を受けたものであることを認めることができ、これに反する証拠はない。
ところで原告は右一五万円は伊東ふみを通じて被告会社に貸与したもので右手形はその担保として受領したものであると主張するのであるが、前記各証人、原告本人の供述中にはこれに副う部分があるけれども、的確なものとはいえず(右各供述中他の部分によれば前記手形が不渡になるまで原告は被告会社の代表者を始めその職員とは全然面識がなく、その信用状態の調もせず、当初は被告会社の名も知らず、直接の請求もせず、利息も期限を明定せず、契約書等も作成せず、ただ前記手形の存在と伊東ふみの信用により前記一五万円を右ふみに交付した事実が認められる。)他に原告の右主張を肯認するに足る証拠はない。
それ故原告の(一)の請求は理由がない。
二、原告の(二)の請求(約束手形金請求)について、
被告が原告主張の資格で厚告主張の三通の手形を振出したことについては本件当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二号証の一、二、三に原告本人の供述によると、原告が現に右各手形の所持人であることを認めるに充分である。
原告は右各手形の振出名義人である東京都世田谷区北沢五丁目六〇〇番地を住所とする日螢工業株式会社は存在しない。従つて本件各手形は虚無会社名義で振出されたものであると主張するのでこの点につき判断する。
1 株式会社の住所はその本店の所在地を指す。(商法第五四条第二項)
2 約束手形に振出人たる株式会社の肩書住所として表示された場所は一般に当該株式会社の住所即ち本店の所在地を公示するものである。
3 株式会社がその本店を移転したときは同一の登記所の管轄区域内で移転したときはその移転の登記を為すことで足るが(商法第一八八条第三項第六六条第二項)右区域外に移転した場合に旧所在地に於ては二週間内に移転の登記をなし、新所在地に於ては三週間内に移転の登記をなし、新所在地に於ては三週間内に設立の登記に掲げる事項と同一の事項を登記しなければならない。(商法第一八八条第三項、第六六条第一項)その登記がないときは、登記すべき事項については善意の第三者に対抗できない。(商法第一二条)
4 株式会社がその本店を事実上同一の登記所の管轄区域外に移転したにもかかわらず、前項の登記を経由しないでその移転先を住所として公示した場合その新住所地の管轄登記所にはその会社の登記はしてないのであるから善意の第三者に対する関係においては、当該会社はその存在を対抗しえないものであると解する。
5 右の解釈は、法が前示の如く同一の登記所の管轄区域内で会社の本店が移転した場合には移転の登記で足るとしながら右区域外に移転した場合には設立の登記の場合と同様の事項の登記をすることを要求している点及び善意の第三者に対抗できないのは「登記すべき事項」(区域外移転の場合には単に本店所在地の移転が登記すべき事項となるのではなく設立の登記と同一事項がすべて登記すべき事項となるのである。)とされている点から首肯できよう。
6 又かく解しないと、善意の第三者はその会社の実在を確めるためには日本国内全部の登記所を調査しなければならないという不合理な結果となる。(東京地裁、昭和三〇年(ワ)第四三六四号昭和三一年八月三〇日判決・下級裁判所民事裁判例集第七巻第八号二三〇九頁参照)かかる会社相手に訴を提起する場合には右会社が実在することは訴訟成立要件をなすからどうしてもそれを確めることが必要となる。かかる不利益をも善意の第三者に負わすべきだとする理論は善意第三者保護に充分ではない。
7 従つて既登記の会社と事実上その本店を移転した先の住所を公示した会社とが同一であるということは善意の第三者に対する関係においては主張できないものといわざるを得ない。
8 被告は被告が専務取締役の資格で行為した日螢工業株式会社はもと東京都千代田区神保町一丁目三九番地に本店がありその登記をしていた実在の会社であり、事実上本店を東京都世田谷区北沢五丁目六〇〇番地に移転したがその登記を経由していないものであると主張するが、原告が右本店移転の事実を知つていたことを認めるに足る証拠はなく、旧本店所在地を管轄する登記所と新本店所在地を管轄する登記所とが異なることは当裁判所に顕著な事実であるので、被告はその同一性を以て原告に主張できないものであり、従つて本件各約束手形に振出人として表示した日螢工業株式会社の実在を原告に主張することはできないものといわざるをえない。
されば被告に対し虚無会社の振出名義を使用して振出された本件各手形の事実上の振出人として、手形法第八条を準用して手形金合計金一五万円とこれに対する満期後の昭和三三年八月二三日から完済までの手形法所定の年六分の割合による利息金の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。
三、よつて、右の(一)の請求を棄却し(二)の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを付するを相当でないと考えるので右申立を容れないこととして主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第五部
裁判官 水谷富茂人